市ヶ谷記念館を訪ねて。

17日の休業日にプライベートで防衛省・自衛隊 市ヶ谷地区を訪ねてみました。

市ヶ谷記念館は、かつて陸軍士官学校本部、また東京裁判の法廷として使われた。
1970年(昭和45年)作家・三島由紀夫が、憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた後に割腹自殺をしたのも市ヶ谷記念館である。


【市ヶ谷記念館】
我々夫婦の亡父は、共に旧日本兵として満洲やシンガポールの戦地に赴いた。
生きて日本へ帰って来ました。歌を唄えば軍歌だし、零戦の話になると止めどなくの父たちでした。
そんな父たちの大東亜戦争が敗戦した1945年8月15日まで、あと25日、その戦跡関連施設を巡っています。


【市ヶ谷記念館全景の模型】


【東京裁判の法廷として使われた大講堂】

大東亜戦争中に大本営陸軍部の防空壕として造られ、当時は大臣室、通信室、炊事場、浴場などの設備があったそうです。


【旧大本営陸軍部・地下壕】


【当時は大臣室、通信室、炊事場、浴場などの設備があった】

地下には、隠されるように「大本営地下壕」が造られたいう。
大東亜戦争中は大本営陸軍部の防空壕して造られ、大臣室、通信室、炊事場、浴場の跡を残す。


【防衛省本庁へヘリコプターが着く】

見学した7月19日、岸信夫防衛相が、熱海の被災地慰問からヘリコプターで帰って来た。シャッターを押せる機会に恵まれた。

防衛省施設を予約により見学できます。⇒TEL03-3268-3111(代)03-5366-3111(代)内線21904 防衛省ホームページ https://www.mod.go.jp/j/publication/ichigaya/index.html

この記事に対するコメントは許可されていません。